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日本語の系統論の現在の大勢は

 投稿者:石見介  投稿日:2014年 3月 2日(日)14時38分12秒
  通報 編集済
   かつてソヴェト連邦(現ロシア)の言語学者ポリワーノフが唱え、アルタイ言語学を専攻した村山七郎が再発見し、継承した「アウストロネシア(南島)語族系言語の基層にアルタイ系言語(夫余系言語?)が被覆した(上層言語)『混成語』或いは『混合語』である」と言う説であるように思われます。もちろん、定説にはなっていませんが、現在の日本語の系統論について、積極的に発言している言語学者の多くが、この立場に近いように思われます。現時点では、崎山理氏が最も精度の高い混成説~混合説を、出しているように思われます。 即ち、古代史研究者さんが考えているほど、日本の国語学者を含めた言語学者が、日韓両国語の「類似性を認めていない」のではなく、むしろ、その文法的類似性は認めて前提とした上で、中国語からの借用語(漢語)などを除いた両言語の基礎語彙のあまりにも同源の語彙が少なすぎる事の「説明」乃至「解釈」の点で、日本語にアルタイ系諸言語と大幅に異なった基礎語彙群が如何なる言語によって齎されたか?を考えた結果が、それぞれの言語学者や国語学者の「自説」となっているわけです。

 まず、縄文語が基層であり、その上にアルタイ語の上層が被さったと考えるのは、ウラル言語学者の小泉保氏でしょう。小泉氏は、東北方言などから「楊文語の再構成」を試みています(『縄文語の発見』という本を書いています)。
多くの言語学者は、南島語族が基層言語と考えていますが、南島語族自体の起源は、通常5~6千年前と考えられていますので、縄文時代の開始時期との不一致があります。従って、縄文時代中期から後期に日本列島に入ってきたとする必要がありましたが、最近の印欧語族の起源が、8千年前から一万年前へと遡及する説が出てきたのとほぼ対応して、南島祖語の年代も6~8千年前に遡及しつつありますが、それでも年代のミスマッチがあり、「プレ南島語族」の縄文時代渡来を、想定する研究者もいます。南島語族説の最大の主張者は川本崇雄氏氏でしょうが、氏はどうもアルタイ系の関与を最も少なく考えている論者でしょう。南島語族系の言語が、2回日本列島に入ったとする説も唱えていました。
 高句麗語の研究者で、所謂「高句麗語」(『三国史記』の所謂高句麗地名から復元された語彙群)が、満州・ツングース諸語や中期朝鮮語よりも上代日本語に最も近い、とする説を以前出した(国際日本文化研究センターの国際共同研究プロジェクト「日本語系統論の現在」所収)九州大学の板橋義三氏は、当初から高句麗語にも南方系要素を認めており、日本語祖語と高句麗語祖語は中国南部から北上し、日本語祖語は日本列島に入ったが、高句麗語祖語は更に北上して満州に入り、そこで満州・ツングース諸語の影響を受けたとしていましたが、その後日本語の南島語族帰属説に転向したそうです。
 馬淵久雄氏は、所謂「高句麗語」は、実は高句麗語ではなく「百済語」だと唱えています。
 縄文語ではなく、日本語に多くの基層語彙を齎したのは、弥生時代頃に渡来したタミール語であり、これにおそらく古墳時代ごろのアルタイ系言語の影響を考えるのが、国語学者大野晋氏の本来の説でしょう。タミル語を含むドラヴィダ語族に日本語が帰属するというのは藤原、芝丞氏等が大野氏以前に唱えています。

 さて、私は、所謂「高句麗語」とされる語彙群は、本来その殆どが『三国史記』の高句麗領内の地名から抽出して、再構された語彙群であり、多民族国家であったと考えられる高句麗領内の言語相が、ただ一種の「高句麗語」として統一されていたというのは、「虚構」であると考えています。いわゆる高句麗語の語彙群が、上代日本語、中期朝鮮語(や新羅語)、それに満州・ツングース諸語にそれぞれ類似している部分がある、と言うのはむしろ話が逆であり、上代日本語に類似している語彙群は、高句麗領内に地名を残した倭人の言語の遺残地名であり、中期朝鮮語に似ている語彙群は支配下の韓族の言語(即ち韓国朝鮮語系統の古い方言)であり、満州・ツングース諸語に類似している語彙群(三言語の中で最も類似が少ないとされる)こそが、本来の夫余系高句麗語の語彙だ、とする説を採っています。
 では縄文語をどう考えるか?縄文時代は、少なくとも1万2千年前から1万6千年前に開始されており、縄文人主流派のY-D2系統の言語が何であったにせよ、北方からの渡来であり、南島語族ではあり得ませんし、そもそもそのような古代では、現在の主要な語族の形成もなされていませんから、少なくとも縄文人主流派で、現代日本人におよそ1/3の遺伝子を残すY-D2集団が、南島語族でないことは二重・三重に否定されます。ただし南島語族形成期の「プレ南島語族」的な言語や南島語族形成後の縄文中期以降の渡来者、具体的には日本人男性のごく少数のY-O1a集団などが、この言語をもたらした可能性はありますが、その頻度が少なく、支配階級にもならず、特に高文化集団だったとも思えないY-O1a集団がそのような決定的な言語的影響を与えるような集団だったとも考えられません。少数の海人集団の祖先だった可能性はあります。尚、Y-O1aは、南島語族とタイ・カダイ語族に多く、それらのマーカーともされています。タイ・カダイ語族は、Y-O2aも多いので判断が難しい部分もありますが。

 以上のように近年進歩の著しいDNA分子人類学データを組み合わせると、日本人男性で、在来縄文系のマーカーと考えられているY-D2とほぼ同様の頻度(1/3)を占め、且つ渡来系弥生人の主流派のマーカーとされるY-O2b集団が、日本語を列島に齎した有力な担い手として、残ります。Y-O2b系統は、実は韓国でも男性の1/3以上を占め、最大のY染色ハプログループです。この集団が日本列島にアルタイ語族系統の文法と音韻構造を齎した集団だと私は考えています。
 歴史的に日本語の系統論で、南島語族説(当初はマラヨ・ポロネシア語族説)が唱えられたのは、実は日本語が極端な開音節(音節が母音で終る)構造を持ち、5母音体系であり、一方アルタイ語族や朝鮮語では、母音数が日本語より多く、母音調和があり、且つ閉音節(音節が子音終り)だからでした。しかし、まず、上代日本語が、八音節体系であり、且つ母音調和が存在した事がわかりました。更に南島語族のポリネシア語派の開音節は、二次的に発達したもので、南島祖語は、閉音節のインドネシア語派や高砂諸語の方が、南島祖語の面影を強く残している事も判りました。更に、蒙古文語や満州文語の音価の研究から、これらは何れも開音節言語であり、現代満州語や現代蒙古語の閉音節化は、語末子音の弱化・消失によるものと判明しました。ここにおいて、日本語の音韻がアルタイ系言語からの変化(というよりも他のアルタイ諸言語よりも古層を留めている)で十分説明でき、むしろ音韻面からは、南島語族説よりもアルタイ語族説の方が有利になったと言えるでしょう。

 以上のようなアルタイ系言語との共通性が確認されたにもかかわらず、比較言語学の基本は、基礎語彙の同源性の証明にありますが、この点では、日本語と、韓国朝鮮語や他のアルタイ諸言語の基礎語彙については、甚だ少ないのです。それが日本語のアルタイ語族帰属説を否定させたり、南島語族説や南島語族との混合語・混成語説がアルタイ語族説と同等の地位を占める由縁でもあります。私は、混成語説を採らざるを得ないと考えますが、しかし、DNA分子人類学からは、日本列島に南島語族の足跡を殆ど見ることは出来ません。とすれば、論理的には、渡来系弥生人こそが、既にアルタイ系言語と南島語族~プレ南島語族系言語の「混成語」または「混合語」を日本列島に齎したという結論に至ります。即ち渡来系弥生人主流派のY-O2b集団は、既に「日琉祖語」を日本列島渡来以前に基本的に形成済みであったことになります。その基本的な形成場所が朝鮮半島であったのか?を考えると、朝鮮半島にも同じく南島語族のマーカーたるY-O1aは殆どなく、従って朝鮮半島渡来前に混成語が形成された事になります。以前は、遼河下流域の内蒙古や満州南部を日琉祖語の形成地として想定した事もありますが、それはDNA分子人類学データ発表以前で、HLAハプロタイプによる推定が主な根拠でした。Y-DNAデータが発表されると、Y-O2b系統は、日本と朝鮮半島(及び少数の満州方面)を除くと、東南アジアのヴェトナム・カンボジア仁多数派のY-O2a集団に混じって、20%前後の頻度で存在するだけです。一方、アルタイ語族のモンゴル語派や満州・ツングース語派は、東南アジアには殆ど分布せず、その中心的なY-DNAは、Y-C3です。
 ヴェトナム語やカンボジア語は、「南アジア語族」に属し、歴史的には、長江中流域から上流域に居住していた所謂「百越」であり、長江文明の担い手だったと考えられます。Y-O2aとY-O2bは、祖型のY-O2*から分岐した姉妹(男性ですから兄弟というべきか)ハプログループであり、日本、朝鮮、満州には、殆どY-O2aは存在せず、Y-O2bのみですが、とすれば、長江中流域あたりから、Y-O2bの一部が、母集団(南アジア語族)から分離して、華北でアルタイ語族(Y-C3集団)と接触して、「アルタイ化」され、アルタイ語族の文法や音韻体系を持つに至ったが、多くの基礎語彙は本来の南アジア語族のものを維持したと考えるべきでしょう。長江文明は稲作文明であり、主たる生業としての水稲稲作農耕を維持したことが、完全な言語の取替えに至らず、日琉祖語系統のような「混成語」を生じた事の大きな原因だと考えられます。温暖期に長江文明の水稲稲作は北上して、山東から河南の黄河南縁に達していました。河南省や山東省での野生の象や戦象の記録が残っています。日琉祖語を、南アジア系の基層言語とアルタイ系の上層言語との「混合語」として形成した「倭人」集団は、紀元前15世紀頃から山東方面より対岸の朝鮮半島中部に移住し、数百年後に、日本列島にも移住を開始した、と考えるべきでしょう。
 このように考える時、日本語の「南島語族」的要素と言うか語彙群は、実は南島語族に起因するものではなく、「プレ南島語族」即ち南島語族と南アジア語族を包含する「アウストリック大語族」に由来したものであると解釈できます。実際には、南アジア語族ときちんと比較すれば、南島語族系と見做された基礎語彙群の多くは、南アジア語族系の語彙だったと判明するのではないか?と私は期待しています。多くの言語学者が、南島語族と日本語を比較する最大の理由は、実はデンプウォルフ以来の南島語族比較言語学の進歩により、南島語族の南島祖語、インドネシア語派やオセアニア語派など各語派の祖語が既に再構成されており、印欧語族並みに利用出来る状況が、大きな要因と思われるからです。
 
 
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